第一章 回生

DOD×刀剣乱舞

 DRAG-ON DRAGOON × 刀剣乱舞 クロスオーバー作品
 マルチバッドエンド
 戦闘シーン・軽微なグロ表現あり
 

◆ 繰り返す螺旋の果てを漂う命

 戦争の根本は『意見の相違』だ。
 『戦争反対』と口で唱えるのは簡単だが、その口で対話を重ねて異なる意見と和解をすることはなによりも難しい。『戦争反対』と唱えたものは『戦争主義者』は皆殺しにしてもいいと考える。それが『戦争の本質』だ。

 そして、これは『人間の本質』ともいえる。

 そもそも『人間』とは異なる意見をぶつけ合わせ集団知を高め、唯一絶対の解を出すことを目的に『神』が設計した『プログラム』。はっきりいえば、『神』の『暇潰し』だ。そんなつまらない『本能』に従って意見をぶつけあい、その結果『殺し合う』。
 それが『戦争』。それが『人間』。

 ところで、もう少し面白い話をしよう。

 これは神も考えていなかった話だ。
 ――人間は神が思っていたよりもずっと勤勉で、ずっと有能で、ずっと『反逆的』だった、という話。
 昔……、いや、と言えるほどは昔じゃない。
 ――それでいて見方によっては今よりもずっと未来の話になる。しかし確実に存在している『ある時』の話。

 『ある時』、名前を対価にある知識を得た人間がいた。
 その人間はその知識を他者に伝えるべく、本能に従って、あるものを作り上げた。
 これが出来上がったために、神は自らの存在が脅かされたことに気がつく前に――消失――した。
 神など『はじめから』いなかった世界に変貌したのだ。
 歴史は覆り、悲劇は消え去り、また新たな悲劇が生まれた。

 そうして名前を失った者もまた、その存在を消失したが、まあ、これは余談だろう。

第一章 回生

◇ 燃え果てた先の魂

 「そんなことを言ってなにになる!」

 声を荒げている男はこの場所で発言権を持っているようだ。はたから見ていると、痩せた男が唾を吐き散らして叫ぶ姿は滑稽そのものだが、ここでは皆一様に生真面目な顔で、その男の言葉を聞いている。

「危険だからこそ、一刻も早く情報を集めなくてはいけないんだ! これ以上、あの『新手』による犠牲者を出したら、あっという間に、この戦! 俺たちの負けになる! 今! 俺が動かないでどうする! 今! 俺が出ないでいつ出るんだ!」

 どうやら戦争が起こっているようだ。そしてまさに今、戦況に影響を与えるようなことが起こっているのだろう。痩せた男の顔色は悪く、しばらく寝ていないのがよく分かる。男は焦り、慌て、怯えていて、とても大将の器ではなさそうだ。だからこそ、部下たちは神妙にはしているものの、手を上げて男の演説を止めてしまう。

「必ず情報を持ち帰ります! ですから、どうか、ここで待っていてください!」

 男の演説に口をはさんだ紫の瞳をもつ青年は、青年の形はしているが人間ではないようだ。その『人型』にはゴブリンのような醜さはなく、エルフのような傲慢さもないため、それがなんなのかはよくわからない。が、それでも確かに人ではない。――よく見れば冷や汗をダラダラと流し声を荒げる痩せた男以外、この場にいる人型のものはすべてその『人ではない何か』のようだ。異形をつれた小心の大将、……実に奇妙な軍隊だ。

「長谷部、なんで分かんないんだよっ……」

あるじのお気持ちは分かります。ですが、どうか……ここでお待ちください」

 人型たちは皆一様に頷いた。
 『主』と口で呼びはするものの、こいつらは男を尊敬しているわけではなく憐れんでいるのだ。人型たちの瞳が、態度が、それを如実に物語っている。だからこそ男の演説はこんなにも滑稽に見えるのだ。どれ程言葉を連ねても、人型たちに少しも届いていないから。
 男にもそれが分かっているのだろう。分かっているからこそ、こんなにも声を荒げているのだ。
 ――なんと哀れな姿。

「違う違う違う! 俺さえ死ななければお前らは戦える! だから、俺はお前らを全力で治すんだ! 俺が戦場に立てば、お前らは無限に戦い続けられる! そうしたら、俺たちは最強だ! 勝てない相手など、いない! だから……だから俺が行かなきゃいけないんだ! お前らだけじゃ、駄目なんだ!」

 痩せた男は、震えていた。
 瞳の奥には怯えがあり、強く握りしめられた拳からは血が流れている。――それでも退かない。抗い続ける、無謀な姿。無力を分かっていても、それでも叫び続ける。
 哀れで、滑稽で、――気持ちは分からないでもない。

「あるじさま」

 幼い子どもの形をした人型が痩せた男に駆け寄った。
 男の目は潤み、今にも大粒の涙をこぼしそうだった。対して、その幼い子どもの形をした『なにか』の瞳はとても落ち着いていた。

「ぼくがおそばにいます。あるじさまに降りかかる全て、切り捨ててみせましょう」

 子どもの人型は、男の手を握り、その顔をのぞきこんで、頷いた。

「いきましょう、あるじさま」
「おい! 五虎退ごこたい! 主を戦場にお連れするなど……」
「控えなさい。あるじさまのご意向ですよ」

 五虎退と呼ばれたその子どもの人型の言葉に、他の人型たちは口をつぐんだ。先はどまでの男の言葉と大違いだ。これでは誰が主だかわからない。しかしそんな状況をとがめもせず、男はこぼれかけた涙をぬぐい、前を向いた。

「いこう」

 男と人型たちは歩き出し、部屋を抜け、庭に出る。庭を歩んだ先、彼らが向かった先にあったのは『時間転移装置』だ。
 ……何故『これ』が存在する?

「いざ! 出陣!」

 男が叫ぶと、彼らの姿はその場から消え、次の『時』には彼らは戦場に立っていた。

「あるじさま! ぼくのそばを離れないでください」
「わかっている……!」 

 彼らが着いた戦場には赤い瞳の兵隊があふれ返っていた。
 人間ではあるが表情はなく、ただ歩き続けている。爛々と異様に光る赤い瞳、ぼそぼそと呟かれる意味のない言葉。意思の消えた、戦うためだけの人間の群れ。

 ――懐かしい、忌々しい、呪わしい、神の兵隊。

「くそ、なんなんだ、こいつら……気持ち悪い……」

 手がなくなろうが足がなくなろうが、頭がつぶれない限り、行進を、殺戮を続ける。……俺の仇ども。

「まず遠戦で数を減らそう。……隊長はいないか? 頭をつぶせば、少しは……くそっ、いっそ空から攻撃できれば……!」

 こいつらがいるということは、神が蘇ったのだ。
 ……いや、神が『いなかった』という事実が書き換えられた。
 つまり、あの忌々しい蛆虫が、また性懲りもなく沸いてきたのだ。ああ、呪わしい、忌々しい、疎ましい、……だから俺もまた目覚めたのだろう。ならば、することは決まっている。

―――ゆくのか?

 ああ、……お前も起きたのであれば、……この状況を理解しているだろう? お前は俺だ。俺はお前だ。

―――今となっては最早契約は役に立たぬ。命は潰え、契約はなくなった。おぬしはもう死んだのだ。全ては終わり、零となった。もはやおぬしには守るべきものもなく、奪われたものもない。奴らを憎む理由も、争う理由はない。それでもまた歩みだすのか?

 俺があいつらを殺すのに理由は必要ない。俺の前に在るから殺すのだ。俺の血は、肉は、魂は、……お前との盟約全て、そのためにある。

―――その、かたくなな心は、……、それすら神の計算なのかもしれぬ。おぬしのその心、そのものすら……。

 お前には、また苦労をかける。

―――ほおう……おぬし、我が行くと思うのか?

 は?

―――我らの間の契約も燃え果てたのだ、ついていく道理はない。

 来ないのか?

―――だから、我が行く道理がどこにあろう?

 ……来ないのか。

―――だから、何度も言わせるな。道理がないのだ。

 ……そう、だったな。

―――なんだ?

 高潔、孤高の、唯一のもの。俺はもうお前を縛る言葉は持たない。術もない。お前と俺は別の生き物だ。……燃え果てようがどうしようが、あの赤き瞳、あれが生きて俺が死ぬなど許せることではない。だが、それは俺の話。お前にとっては違う。……お前は俺と違って美しいと、そう思い出しただけだ。

――そんなことから忘れおったのか、馬鹿者

 ……、……それでも、……。

―――……なんだ?

 声をなくした俺でも言葉を尽くし、身を削り、魂さえ焼き尽くしても、……それでも共にいたいと、その体をあたためてやりたいと思う。これを竜の言葉ではなんと言うのか。俺にとってはお前がそれだ。だからこそお前となら地獄でも飛んでいける、……そう、思うのだ。

―――だったら、……おぬしというものは、どうして素直に頼めないのだ?

 ……ついてきてくれ。

―――フン、始めからそう言えばいいのだ、愚か者。おぬしの頼みが我の道理となる。……おぬしとなら絶望の中でも……寒くないからな。

 ……お前はいちいち面倒くさい女だ。

―――燃やすぞ、小僧。




◆ カイム

 炎が背を押し出し、天の先、輪廻の果てから魂が落下していく。

 かの赤きドラゴンから飛び降りたときの感覚に似て愉快だ。魂は天から落ちて、落ちて、落ちていく内に魂にそぐう血、骨、肉が出来上がり、どくりと心臓が脈打つ。
 地面に降り立った時に、落ちた魂は『俺』になっていた。

「あるじさま! ぼくの後ろへ!」
「新手か!」

 自分の手に当然のように握られた懐かしい剣。笑ってしまう。血肉と同じように俺の魂には剣があるのだ。数多の命を奪ってきた剣は、軽く振るうだけで俺の腹の底から温める。口を開き、ああ、……喉が震える。

「我が名はカイム」

 そうだ、これが俺の声。喉の奥から笑いが零れる。

「ははあ……蘇ったのはお前たちだけではないのだ、ダニ共が。恐怖しろ! この名! この魂! この血肉! この俺から逃げられると思うなよ、蛆虫共が!」

 腕を振るい、首を落とし、帝国のダニたちの命を絶つ。ああ、なんと懐かしい、この腕にかかる重量、骨を断つ感触!

「おらおらおらおらおらおらおらおら!」

 死! 死! 死!

「戦争は人の性!」

 体が歓喜に震える。憎しみが、腹の底からあふれ出す。蹴! 踏! 殺! 倒した敵の首に剣を突き立て、腕が届く敵の首を掴む。殴! 折! 殺!

「敵がいるから殺すのか、殺すために敵を作るのか。ハハハッ! どちらでもいい! 死ぬがいい!」

 一閃すると、間合いにいた敵は皆折れる。息を吐くと、口角が上がっていくのが分かった。ああ、この肉を断つ――?

「……なんだ?」

 感触に違和感を覚え、足を止める。
 地面を見れば、殺した敵はみな、煙となって消えていった。そこには何も残らない。何より人間を切ったというのに、肉を切り裂く感覚はなく、血の匂いがない。――剣を見ると血はついていなかった。たしかに骨を断った感触はあったというのに、あの、命を奪ったときの、あの愉悦がない。

「天使を……語ってはならない……」

 剣から目を離し、敵を見る。

「天使を、描いてはならない」

 赤い瞳が、その全てが、俺を見ている。

「天使を書いてはならない天使を彫ってはならない天使を歌ってはならない」

 敵が、俺を認識した。

「フ、……ようやくか」

 剣を構える。

「我が名はカイム。忘れるな、輪廻の果てまで! 俺がお前を殺すのだ!」

 走りこみ、切り伏せ、首を折り、倒し、蹴り飛ばし、後ろの敵にぶつける。よろめいた敵を踏み台に、跳び、脳天から叩き割る。俺の動きに合わせるように、俺の意思の通りに、剣から波動が飛び出していく。俺と共に蘇っただけでなく、その呪いまで引き継いだらしい。――全く罪深いことだ。青い竜のような形をした炎が俺の周囲を飛び交い、触れた敵を消していく。

「死ね、死ね、死ね、死ね!」
「我らの約束、世界の約束」

 敵の数はざっと百。

「らららららら、ららららら」
「騒がしい、ダニどもが!」

 剣を構え直し、一歩踏み出す。が、敵に切りかかる前に影を包まれる。懐かしいかたちをした影に。

「全くこんなものでは我らの準備運動にもならんな」

 天からふりおちるその声と、その熱。目の前の蛆どもの叫び声、煙幕、振動。

「……ちっ」

 炎がおさまれば、思っていた通り、敵は全て消えていた。

「おぬし、怒っているのか」

 風の中、頭上に影。紅き体、金色の瞳。

「おぬしが随分とのんびりしておったので、手を貸したまでよ」

 その金の瞳が俺を見ていた。かの竜が俺を視認している。俺がなにかもわからず、狂い、襲ってきたあの瞳ではない。そして、その体に傷はない。あの醜く呪われた封印の痕は、ない。
 俺の眼前に、出会った頃のように美しく高潔で高慢な紅き竜が舞い降りた。

「……なんだ、その目は」

 剣を鞘に収め、歩み寄る。腕を伸ばせば、怪訝そうではあったが竜は顔を寄せてきた。

「どうした? 今はそう寒くはないぞ?」

 俺より少し冷たいその体躯に頬を寄せ、両腕で抱きしめ、胸を当てる。

「……ああ、おぬし、だな」

 かの赤い翼が俺を覆った。いつも高慢な竜にしては珍しく、小さく不安を孕ませた声が、その翼の中に響く。

「……我ばかり、痛みや苦しみを負っていると、……おぬしの声が聞こえなくなっただけで、我は、なぜ、……そんな浅はかな考えに至ったのだろう……」

 ―――いいんだ。もういい。
 その体をあたためて、息を吐く。
 ―――ようやく、取り返した。俺の……。

「……声に乗せて、お前を呼んでもいいか。いつかこの声で、お前の名前を、……叶うならと願っていた」
「フン、名乗った相手はおぬしだけよ。おぬし以外に呼ばれてもそれはただの音に過ぎん。……だから、おぬしが呼ばねば、我の名は誰にも呼ばれぬ……そんなこともわからんのか、愚か者」

 体を離せば、赤き竜は翼を閉じ、頭を上げた。その美しい姿。傲慢で、高慢で、高潔な姿。やっと会えた。

「アンヘル」
「なんだ、……カイム」

 優しい声だ。気が狂っていない。ああ、俺の竜。俺の美しい赤の竜。やっと、こうして俺のもとへ戻ってきた。――どくり、と自分の胸で脈打つ心臓。そっと胸に触れ、見上げれば、竜は俺の胸に鼻先をこすりつけてくる。

「俺の心臓がもう欲しくなったのか?」
「……おぬしの声をこうして聞くのも悪くはない。だが、……そうだな。またおぬしの小さな鼓動が欲しくなったら、今度は頭から食うてやろう」

 意地悪くアンヘルが笑った時、がさがさ、と背後から音がした。

「失礼、少しお話を……」
「下がれ、無礼者」

 俺が口を開ける前に紅き竜が鋭い声を出した。その声におびえたのが、背後の気配が止まる。――小心者だ。気に留めるまでもないだろうと、振り返ることなく、赤い竜の頭を撫でる。金の瞳は怪訝そうに俺を見つめてきた。

「アンヘル、あたためてやるから、なにか話せ。お前のどうでもいい苦言が聞きたい。お前が正気でないと聞けない戯れ言を聞かせろ」
「おぬし……、我の助言をずっと、そんな風に考えていたのか……」

 呆れたようにため息を吐くアンヘルは別れた頃よりも、少し小さいようだ。自分の手の平を見れば、やはり老いた手ではなかった。俺たちは若返っているらしい。……そもそも死んだ記憶があるというのに、この体はどこから生まれたものなのか。疑問はあるが、答えを知る術が今はなにもない。

「そんなにあたためなくてよい。もうわかった……もうわかったと言っておる」
「……」

 たしかなことは、隣にこの熱量があることだけだ。

「いえ! あの! すみません!」

 しつこいと思いつつ、振りむけば、震える男がいた。
 ああ、――こいつか。
 弱く、哀れな、大将がそこにいた。

「紅き竜! そして剣士よ!」

 意外にもその瞳には怯えはあれど、それよりも強い意思が宿っていた。男の傍らに並ぶ人型たちも同じように強い光を称えた瞳で、真っ直ぐに俺たちを見ている。――竜の顔を見ると想像していた通り、『まあ、嫌いではない』といった様子だ。――根本的には馬鹿にしているのだ。人間の割にはいいじゃないか、ということなのだから。
 だが、まあ、お前が気に入ったというなら、聞いてやってもいいだろう。
 顎を動かし、男に先を促す。男は震えながらも、声を上げた。

「あなた方が敵か味方か、教えていただきたい!」

 ――沈黙が満ちる。

 しばらくしてから、竜があきれたように鼻を鳴らした。一瞬でも期待した我が馬鹿だった、と考えているのがよく分かる。答えるのも馬鹿らしい、と、欠伸までし始めた。そんな竜を見て、男が涙目になり、人型たちが剣をこちらに向けてきた。人型たちが持っている剣は、すべて、東国の剣のようだ。反りがあり、片側にだけ刃がついた、独特のもの。基本的には飾り刀、家の守りに置かれるものだ。人を殺すのには適していない、武器。
 とはいえ、武器は武器だ。
 二十人程度だが、一気に来られると面倒だ。

 ――それに、男の泣き顔など、見たいものでもない。

 ため息ひとつ、口を開く。

「……そんなこと聞いてどうするのだ。敵なら殺すか? 味方なら従えるか? その細腕でなにができる?」
「戦えます!」

 言外に『馬鹿か』と言ったつもりだったが、男には分からなかったようだ。
 肩を竦めると、竜がフンと鼻を鳴らした。

「わ、私は、この戦争で、何もかもを失いました。た、戦う理由がある。だからこそ、戦う。だ、だから、私は歴史を守る! 歴史修正などさせない! そのためにあなたが敵なら倒す。絶対に!」
「……ほう?」

 途中でひっくり返ったりもしたが、それは、見事な宣戦布告だ。
 そう出られると、こちらも殺さねばなるまい。剣を構え、男を見る。そんな俺の隣で、竜が笑った。

「あんなものに倒されるのか、おぬし」

 舌打ちを返すと、竜がまた少し笑ってから、ふう、と息を吐いた。

「だが、歴史修正だと? 我とて聞いたことのない言葉ぞ。……こやつから聞きだす必要があるだろう。カイム。剣をおさめよ」
「俺から剣を下ろせというのか」
「奴らは帝国のものでもないだろう。まあ……色とりどりと、珍妙な連中ではあるが……」

 たしかに、人型たちは髪も瞳も肌の色さえ統一がない。戦のための衣服、とも思えない。たしかに、俺が知っている戦争と、違うのかもしれない。

「カイム。歴史修正など、もしも本当にそんなことが行えるなら、全てが無に帰す……それに我らがここにいる理由も分からぬのだ。まず、剣をおさめよ」
「……歴史も神も世界もどうでもいい。お前が生きているなら、俺の声が届くなら、俺にはもう他に何もいらん。……フ、笑うか?」
「くっ、馬鹿者め。……当たり前のことを賢しらに語らずともよい」

 竜は軽く笑い、俺の胸に頭をぶつけてきた。そうやってすり寄せられては仕方ない。剣を仕舞い、その頭を撫でる。

「い、いちゃいちゃしてないで答えてください!」

 急に、痩せた男が叫んだ。

「いちゃいちゃ?」

 男の顔は真っ赤で泣きそうな顔だ。真剣に怒っているようだが、何の話か分からない。人型たちが男の背中を撫でて、荒ぶるその心をなぐさめているが、――いちゃいちゃ? 竜を見ると、俺と同じように、意味が分からんという顔をしていた。

「血肉を切り裂いたような音ではあるが、おぬしが敵を屠る姿が気に食わなかったのかもしれんな」
「ああ。そういえば死体が全て消えたのも気にかかる。まるで煙を切っているようだ。元々、生きているのか死んでいるのか分からない連中だったが、……命を奪っている感覚がない」
「ははぁ、つまらぬと思っておるな、カイム。残酷なことよ」
「やつらの息の根を止めた感覚がないのはお前にとっても不愉快だろう? フン、……まあ、たしかに情報が必要だ」

 俺の言葉に竜はため息を吐き、翼をしっかりと仕舞いこんだ。おまけに欠伸を一つ。勝手にやれ、ということだろう。やれやれ、と肩を竦めてから、男に一歩近づく。

「知っていることをすべて吐け」

 剣を構える。男の周りの人型たちが慌てたように剣を構えるが、遅すぎる。踏み込み、一閃し、男の周りの人型を吹き飛ばし、男の首を掴む。

「ひ、ひぇえ」

 そうして少し持ち上げたら、それだけで、男は腰を抜かしたようだ。そもそも、この男、何故かひとり、丸腰だ。やはり途方もない馬鹿なのだろうか。情報など、持っているだろうか。……どう、するかな。

「カイム、脅す以外の交渉術を持て」

 考える。

「殺すか?」
「交渉ではない、それは」

 と、目の前に剣先。
 首をひねって避ける。

「主から離れてもらおうか!」
「見ろ、お前の交渉が下手すぎるせいで怒らせたぞ」

 男を地面に投げ捨て、とんとん、と後ろに下がる。目の前を剣が飛び交う。――細身の、刀。一撃貰う程度では死にはしないだろうが、無駄に怪我をすることもあるまい。

「赤き竜よ」
「仕方ないやつよ」

 ドン、と竜が尻尾で地面を叩いた。その震動にあわせ、身を翻し、人型とも、男とも距離をとる。人型たちは一瞬たじろいだが、すぐに男に駆け寄った。主従関係はしっかりとしているようだ。

「主、怪我は」
「な、ない……大丈夫、だ、うん」
「主! 華奢な体を馬鹿にされた上に、独り身をせめられた挙句、さらに無力さをつきつけられ、心が折れかけているのですね!」
「主君! 僕がいながらその心を守れないとは……!」
「あるじさまはいいひとです……!いつか、必ず、それがわかる女人に出会えます……!」
「うるさい! だまればかー!」

 半泣きで男が叫んでいる。腰が抜けた割には元気なようだ。

「平和なやつらよの……」

 赤き竜はあきれたようにそう呟いてから、俺を見下ろした。

「どうするのだ、カイム」
「脅す、殺す、以外か?」
「思いつかんか? 相手が欲しがるものは明確だろうに」

 少し考える。

「女をあてがってやるから、全部吐け」
「よろしくお願いいたします!!!」

 そういうことになった。




◆ コン とある審神者

 十年前から俺は戦場にいる。
 歴史修正により俺の家族は『いなかったこと』になり、俺自身の存在も『消えかけた』。しかし俺には審神者としての力があったらしい。そのおかげで、――そのせいで、俺だけが残った。俺は家族を奪われたあの日から戦っている。俺を、……俺の人生を、……俺の家族を取り戻すために戦っているのだ。
 なのにこの戦争は第三勢力が押し寄せてきたり、ひとつ直してもまたすぐに新しい戦場があらわれたり、終わりがない。家族もまだ戻ってこない。俺はいつの間にか戦場で生きることが当たり前になっていた。寂しさや悲しさ、苦しさや憎しみは常にある。それでも共に戦ってくれる仲間、刀剣男子たちのおかげで、それなりに楽しい日々を送っていた。

 ――新たな勢力が現れたのは、一昨日のことだ。

 赤い瞳で行進を続けるそれらは歴史修正主義者を蹴散らし、刀剣男子たちも蹴散らしていく。意思の疎通はできない。それも突然現れ、突然消える。歴史修正主義者だけを殺してくれるわけではない、それどころか遭遇すれば確実に折られる。そんな話が政府から舞い込んできた。
 俺は十年も戦場にいる。古参と言える存在だ。
 政府から調査依頼が来るのも仕方がないことと言えるだろう。俺は刀剣男子全員にお守りを三つ持たせ、戦場に向かった。――恐ろしい光景だった。意思のない瞳の、海。それでも人のように見えるもの。けれど、こいつらを倒さないと、戦争が、俺の争いが、俺の家族が、俺の人生が、俺が、なくなる。
 なら殺すしかない――そう覚悟を決めたとき、天から何かが降ってきた。
 新手かと思ったそれは、俺とそう年は変わらなそうに見える青年だった。そして人をためらわずに屠る姿は、――俺があこがれる兵士の姿だった。俺もあんな風に戦えたならと思う姿だった。
 俺は戦う術はない。ただ刀剣男子たちを見送ることしか出来ない。でも、それでも――そんなことを考えていたら、炎が降ってきた。
 そこに、ドラゴンがいた。
 恐怖。絶望。死。
 しかし竜の炎は赤い瞳の兵士を屠るだけで、俺や刀剣男子たちは避けていった。――味方なのかもしれない。
 そう思って近寄って、結果的に腰を抜かすことにはなった。
 が、会話はできた。馬鹿にされている感じはあるが、この戦争の状態を説明している間、竜も青年も真剣に話を聞いてくれた。竜は猫のように腰を押しつかせ、青年もそんな竜の腹のあたりに座り、じっとこちらを見て、俺の言葉を聞いてくれた。

 ――まあ、終始、馬鹿にはされている感じはあったが。

「つまり、歴史をねじまげようとする奴らと戦っている、と。ぬしらも、そのために時間を越えている、と……ぬしらの守る歴史が正しいという証拠はどこにあるのだ」
「魂が覚えております」

 俺の言葉を聞いて、竜は馬鹿にしたようにくつくつと笑い、青年はそんな竜の腹を撫でた。

「正しいと思い込むが故に争う。愚かな人の性よ」
「戦争は人の仕事だ。勤勉な人を笑ってやるな」

 青年は苦笑し、それから俺を見た。

「分かった。説明ご苦労」
「あ、はい、いえ、その……」
「それで、ここに天使はいるか」
「天使?」
「女神は?」
「め、女神ですか?」

 青年は息を吐いた。

「やはりな。『中身』が伴わない、『駒』だけ呼ばれたようだ」
「フン、我らも駒か」
「あの赤き瞳を見ると沸き立つ殺意に偽りはない。利用されているのだろう。いや、俺はそうであってもお前は違うか……、慈悲深いお前を巻き込むのは俺の罪か……だが、神もいないのだ、誰が俺を裁くのか……。だから、俺は殺すのだろうな。それが……、俺と言う駒に与えられた役割だ」
「……そこまでわかっていて、駒として動くのか、カイム」

 竜にそう問われると、青年は、ぽん、と背中を倒して、竜の腹にもたれた。

「重いぞ」
「嬉しいだろう、俺の重さが」
「何を言うか、嬉しくなどないわ」
「俺は嬉しい。こうしてお前がいることがな」
「……馬鹿者が」

 またいちゃつき始めたんですけど、この人たちー!! なんでー! なんで質問に答えないで、息をするようにいちゃつくのこの人たちー!! 心折れるぞ、我、心折れるぞ!!! と脳内で叫びながら隣で控えている長谷部を見る。長谷部は困ったように眉を下げつつも、俺の右手を握って「いつか見つかります!」と余計なことを言った。この野郎。

「お前がこうしているなら休んでもいいと思う。あの時と同じ気持ちだ。もういい、と。しかし同時にあの赤い瞳、……殺したい、殺したくてたまらない、殺せるなら他に何もいらぬ、と」
「……それもまた、おぬしだろう」
「……どうしたらいいだろうな。選択肢を与えられることなどなかった。ただ歩み続けるだけだった。……不思議なものだ。……、今更……こんな時間が過ごせるとは……」

 青年はふっと息を吐いて、目を閉じた。

「カイム?」

 青年は何も答えず、しかし、竜は腰をすえたまま片翼を広げ、青年の上に影をつくった。

「すまぬな」

 竜がこちらを見た。

「寝おった」
「え」

 竜はくつくつと笑い、楽しそうに、いとおしそうに、青年を眺める。

「……こちらの話をしよう。おぬしらと争うつもりはない。争う理由がない。無論争ったところで負けはしないが、……我らも一度燃えたからか、丸くなったものだ」

 そうして竜が物語をつむぎだした。今よりも前ということだけは確かな、彼らの闘いの話を。

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